2010年7月16日金曜日

斉藤 澄子とは?

斉藤 澄子(1913年1月 - 1942年8月22日)は、日本の元騎手、元厩務員(京都競馬場)。岩手県厨川村出身。一度もレースで騎乗することのなかった日本初の女性騎手として知られる。

青森の南部地方に生まれ、実家は農家で、幼少の頃から馬に親しんだ生活を送った。

1934年に東京競馬倶楽部の騎手試験を受けたものの、初めて受けた騎手試験では、「風紀上の問題を起こす恐れがある」ということで不合格にされてしまいますが、2年後の1936年、京都競馬倶楽部の試験にようやく念願の合格を果たしました。

しかし、東京の新聞に、先頭を行く女性騎手がウインクをすると、後続の騎手たちが落馬するシーンを描いた風刺漫画が掲載されるや、農林省からおよび帝国競馬協会から風紀上問題があるとの理由で出場を禁止する通達が出され、騎乗の機会を奪われた。さらに1937年に日本競馬会が発足すると同会の規則に「騎手にありては満十九歳以上の男子」との規定が盛り込まれ、斉藤は自動的に騎手免許を剥奪されたてしまい、それ以後、一度もレースに出ることのないまま、肺病を患い、29歳の若さで亡くなりました。

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2010年7月9日金曜日

高橋優子とは?

高橋 優子(不明 - 1974年5月17日)は、水沢競馬場所属の騎手。勝負服は胴桃、袖桃、紫玉あられ。日本初の平地競走での女性騎手である。

調教師である父・高橋武、繋駕速歩競走で女性騎手第1号の高橋クニの元に生まれた。1969年4月20日岩手でデビュー。デビューから非凡な才能を発揮し、1年目は19勝を挙げ、翌1970年は農林大臣賞典で重賞初制覇。

また、日高賞を制覇し、この年はこれらの重賞勝ちを含むシーズン57勝を挙げリーディング5位。マスコミに注目され、NHK紅白歌合戦の審査員に選ばれるなどした。1972年には盛岡競馬場でトチギホマレに騎乗し、1420mを1分29秒5で駆け抜けレコードタイムを更新した。この年にはシーズン56勝を挙げリーディング4位に入った。

デビュー5年目の1973年には通算200勝を達成し、年末には同競馬場所属騎手の葛西勝幸と結婚。翌1974年、急性心不全のため24歳の若さでこの世を去った。生涯通算1776騎乗209勝。

2006年8月、高知競馬所属の別府真衣が女性騎手として史上最年少となる18歳7か月で地方競馬通算50勝を達成したが、それまでの記録を約36年間持っていたのは19歳10か月(1970年)で50勝を達成した高橋優子であった。

勝率は吉岡牧子元騎手を凌ぐ。

2010年7月2日金曜日

吉岡牧子とは?

吉岡牧子(現姓・山元)は、益田競馬場(現在廃止)に所属していた元騎手である。現在は競馬評論家として競馬関係のテレビ番組やイベントに出演している。、1964年3月8日生まれ。

いったんは一般企業に就職しながらも、21歳のときに益田競馬場に厩務員として入り、23歳の3月に念願の騎手デビューを果たしたという、異色の女性騎手。

デビュー9戦目で初勝利を挙げたあとは、持ち前の騎乗センスの良さと柔軟な性格でメキメキと成績を上げていった。それまでの女性騎手の勝鞍記録は、岩手の高橋優子騎手の持つ1,776騎乗209勝(S.43.12~49.5 通算5年6ヵ月)というもの。この記録を吉岡騎手は'92年に塗り替え、さらに '95年に引退するまで通算3,511騎乗350勝。

2010年6月25日金曜日

ジュリー・クローンとは?

ジュリー・クローン(Julie Krone)は、アメリカ合衆国の女性騎手である。1963年7月24日、ミシガン州・ベントンハーバー生まれ。

1993年、コロニアルアッフェアーに騎乗してベルモントステークスに優勝。女性騎手として初めてアメリカ三冠競走を勝利した。度重なる落馬事故を乗り越えて復帰し、「鉄の女」と呼ばれ、引退までに3546勝をあげる。2000年8月に女性騎手として初めて競馬の殿堂入りを果たした。

日本では、1990年の5回東京競馬7日目11レースのインターナショナルジョッキーズでサイバーフィールドに騎乗し、中央競馬史上、初の女性ジョッキー騎乗、初勝利を飾り話題となった。

2010年6月18日金曜日

女性騎手

競馬は、完全なる男社会であるために競馬界において女性騎手は、不遇に満ちたものだったが1960年代後半からは、実際にレースに騎乗し活躍する女性騎手が登場し始める。

そこでここでは、日本競馬界で活躍する中央と地方の女性騎手を中心に紹介していきます。

現在は、全日本レディース招待競争が行われていて、全国からそうそうたる女性騎手たちが荒尾に集い、熱い女の戦いを繰り広げます。

ジョッキーという職業は女性にとってはかなり厳しいものですが、女性騎手がもっと活躍すれば、これからさらに競馬は華やぎ、盛り上がるはずです。

ヘイリー・ターナーとは?

ヘイリー・ターナー(Hayley Turner)とは、2008年には英国の女性騎手として史上初めて、年間100勝を達成し、“Queen of Turf(ターフの女王)”として、英国民の間に広く知れわたることになった。1983年1月3日、イングランドのノッティンガム(Nottingham)生まれ。

2000年1月4日、"Generate"に乗って初勝利。

2006年にはリサ・ジョーンズ騎手が持っていた英国女性騎手の年間最多勝レコード(47勝)を更新する53勝を記録。2006年、2007年シャーガーカップイギリス代表として出場。

イギリスのアスコット競馬場で行われるシャーガーCにも、第7回~第10回まで4回連続で選出され、日本の武豊、福永、内田博らと腕を競い合っている。かのエリザベス女王が「イギリス競馬400年の歴史において、こんなに勇敢な女性騎手は見たことがない」と手放しで讃えるほど。

2009年は落馬事故によりけがをしてしまう。

今年2010年には彼女が英国ダービー出場するのでは?と言われています。これが決まると、400年の歴史上2人目の快挙。

皆川麻由美とは?

皆川麻由美は地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場千田知幸厩舎所属の騎手である。勝負服の服色は桃・黒ひし形。1982年10月13日生まれ、東京都練馬区出身。血液型A型。地方競馬教養センター騎手課程第80期生。

2005年6月11日コアレスダイナで初勝利。

非常に明るい性格で、初勝利やイベントでのインタビュー、テレビ出演時にはその明るさを遺憾なく発揮してきた。他地区の女性騎手のブログでもその明るさぶりが伝えられている。

2006年2007年2008年とレディースジョッキーズシリーズにおいて3年連続で総合3位となった。2007年11月に行われた地元水沢での報告会では、記念品のトレーディングカードを観客に手渡しで配っていた際、身を乗り出し過ぎてバランスを崩し、積もっていた雪の中へ飛び込んでしまうハプニングも起きた。

岩手競馬
http://www.iwatekeiba.or.jp/